Soula(魂人)の地球日記

人は地球で生まれ、人生を生きる中での豊かさを得ていきます。その豊かさに氣づく鍵が、内側から感じるものであることを思い出すこと。本来持っている自分自身の豊かさに氣づくこと。

言葉にしなくてもわかる?

友人でもあり
布ナプキン『うふふわ』の

代表でもある~

とよきちゃんの今日の記事を拝読して

思い出してFBで書いた記事が

反響があったのでこちらにも(*^^*)

 

・・・

 

私はだんなさんから
名前を呼ばれたことがない。

 

付き合っている時も
結婚をしてからも
絶対名前を呼んでくれないだんなさんに

 

「なんで?」

 

と何度かきいてみたことがあったけれど
その理由をはっきりと伝えられず
名前を呼んでくれないだんなさんに
寂しさと悲しさを感じていた。

 

長女が一歳を過ぎたあたりだったかな?

 

初めての子どもが
私のことをどう呼んでくれるのか♪と
すごく楽しみにしていて

「あーちゃん」かな?
「かーたん」かな?

なんてイメージしてワクワクしていた。

 

ある日
2階で昼寝をしていた長女が

 

「おーい!
 おーい!」

 

と1階にいる私に呼びかけてきた。

 

あ!起きたんだ!

と2階に急いでいった時
両手を広げながら長女は


「おーい♪」

と笑顔で言ってきた。。。

 

その瞬間、だんなさんに腹を立てた。

 

私の名前を呼ばないかわりに
だんなさんは私を呼ぶとき

 

「おい」
「ねえ」

 

という言葉を使っていた。

 

それが頭をよぎり
長女は私を「お母さん」という言葉で
認識をする代わりに
「おい」という言葉で認識をしたのだと。

 

夢はやぶれ・・・
私の名前を呼ばないだんなに対しての
寂しさと悲しさから
怨みつらみに変わった瞬間となったような。

 

そこからだんなさんに
ことの経緯を話して
夢がかなわなかったこと等も
伝えたのだけれど
笑って済まされた。

 

たかだか名前を呼ばないくらいで・・・

 

そう思ってるな!
と怒りは倍増。

 

そこからだんなさんに対して
ふつふつと怒りを溜め込んでいくこにも
繋がっていったなあ。

 

名前を呼んでくれるようにと
その後もチャレンジしてみたけれど
絶対に応えてくれず
怒りは募っていった。

 

大きくなった長女に
何かのきっかけで
「おーい」の話と
だんんさんから名前を呼ばれたことが
一回もないということを話した時だったか?

 

長女がだんなさんに
なんでなのかと何度か聞いた時に

 

「そんなこと、恥ずかしくて呼べるか!」

 

の一言が!

 

その言葉とだんなさんの顔を見た瞬間
今までの怨みつらみが笑いに変わった。

 

そこ辺りからかな?

 

だんなさんが恥ずかしいと思うのであれば
私から言ってやろう♪と思って

 

「大好き」
「愛してる」

と共に嫌がらせのように
だんなさんの名前を何かの時には
呼ぶようになったのは。

 

スキンシップもしよう!と
ハグ攻撃もし続けた。

 

初めは疎ましいからするな!という感じの
態度をとられ続けていたけれど
それでもやり続けた。

 

こんなに大好きなのに
こんなに愛してるのに
こんなに頼っているのに
こんなに心の支えになっているのに

 

そう思っていたことを形とする

行動に移してみることを
やり続けた結果・・・

 

先日の「逃げるは恥だか役に立つ」を見ながら
そのことも思い出していた。

 

今でも名前を呼ばれることはないけれど
そこに対して腹を立てることはない。

 

子どもとの会話では

「お母さんに聞きなさい。」や
「お母さんはどうなの?」
等のお母さんという言葉は使われるが

 

私に向かって

「お母さん」と言葉をいうこともない。

「おい」はなくなったが
「ねえ」とか「あなた」とかいう言葉を
使ってこられる。

 

それが何を表しているか・・・
理由をしったから腹を立てることもない。

 

言葉として伝えられることが
大事なこともある。

 

恥ずかしいからそっちで察知してくれと
当人がそう思っていることもわからず
言葉で伝えられてもいないものを
察知するのは難儀です。

 

ちなみにとよきちゃんの記事はこちら☆

nunonapukin-seiri.com