パワースポットについて

パワースポットについて

考えるきっかけになったのは・・・

 

何年も前に

友人と宮崎県の天安河原を訪れた時。

 

所狭しと詰まれた石・石・石。

隙間などないほどに

願いをこめて積み重なれた

石の塔で溢れていた。

 

その状態に驚くと同時に
思念エネルギーが重く苦しく感じられ

長く滞在できる状態ではなく。。。

 

その土地のエネルギーが

どんなものであったのか

わからないけれど・・・

 

土地のエネルギーが人の願い事の念で

覆われていて

土地そのもののエネルギーが

封じられていることは感じられた。

 

この出来事から

願い事の念を置いていくだけ置いていくことで

そのままにされた念は土地に留まり続けると

教えてもらったと思う。

 

その後、パワースポットに来たのだから

パワーをもらって帰らないと!

と話している人と出会ったりして

ますます、これって何だろう?と

疑問がわいてきた。

 

それはその土地に畏敬の念を持って

接するというよりも

もらえるものはもらわなくっちゃ♪

という感じに思えた。

 

そんな時に友人が

 

パワースポットでパワーを

もらわなくてもいいように

私自身がパワースポットになるねん♪

 

と話してくれ

本当にそうだなあと思った。

 

そこから私は・・・

 

人はそれぞれに

内側にパワーをもっている。

そのパワーを思い出すための

パワースポットであり

もらいにいくところではない

と思うようになり。

 

自分にはパワーがないなんて

いつから思うようになったのか。

 

内側からあふれ出るものを

いつから忘れてしまったのか。

 

皆それぞれに

個々のパワーがある。

 

本来の力を忘れて

ないものと思い込み

他のものをもらわないといけない

他のものをもらうことで

幸せになれるというのは

本当かな。

 

それだと

他のものをもらい続けないと

幸せでなくなるということ。

 

際限なく求め続けることが

本当に幸せなのかな。

 

求め続けて疲れない?

 

本当の幸せと感じるものは

どんな状態?

 

幸せに感じること思うこと

それは個々によって違う。

 

他人が考えた幸せの構造で

本当に幸せになれる?

 

そんなことを

自分自身に問い続けて

今は私が内側から満たされるものを

選ぶよう意識するようになった。

 

パワースポットといわれる場の

風を感じ

木々を感じ

水の流れを感じ

土地のエネルギーを感じ

 

そうすることで

内側が広がって行き

本来の自分の感覚を思い出していく。

 

そこから自分自身の内側から

あふれているものに氣づく・・・

 

そのあふれているものが

内なるパワーであり

あふれているものを自覚することで

自分自身がパワースポットであると

わかるようになると思うのです。

 

 

 

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